万引きをする70代女性
70代の女性を、娘さんが連れて受診しました。元々は非常に穏やかな性格でしたが、半年前から些細なことで怒り出すようになったといいます。次第にデイサービスで暴力を振るう、家のそばのコンビニで万引きをするなど目が離せなくなりました。毎日同じ食事を同じ時間に取り、人が変わったように怒鳴り、だんだんと怒っている時以外は喋らなくなりました。かかりつけ医から「環境調整をしてください」と言われ、生活リズムを整え、刺激を減らす工夫を重ねてきましたが、改善の実感はなく、娘さんは疲れ切った様子でした。
精神科で血液検査で甲状腺機能や栄養状態に異常はなく、画像検査で前頭葉優位の萎縮が確認され、行動障害型FTDが疑われました。SSRIとトラゾドンを開始したところ、興奮が和らぎ、娘さんも「原因が分かっただけで少し楽になった」と話されました。
まず、精神科を受診してください
「刺激を減らしてください」「昼夜のリズムを整えてください」——認知症のご家族について、そう助言された経験のある方は多いと思います。しかし、それを何ヶ月も、何年も続けているのに良くならない。夜中に何度も同じことを聞かれ、突然怒り出し、物を盗まれたと大騒ぎ、徘徊、暴力、便いじり、片時も目を離せない。「言われた通りにやっているのに、これ以上どうすればいいのか」と疲れ果てて精神科にたどり着くご家族は少なくありません。
- 精神科ではまず認知機能の低下の程度と認知症の種類を診断する
- 認知症の中には、原因を治療することで改善する「治療可能な認知症」も一定数含まれる
- 前頭側頭型認知症の興奮や行動の問題にはSSRIやトラゾドンが有効なことがある!
- レビー小体型認知症の認知機能低下にはドネペジルが効くことがある
- アルツハイマー型認知症の焦燥感に対してレキサルティが使えるようになり、めちゃくちゃ効く
- メマンチンも人によっては著効する!
まずは検査から——「なんとなく心配」を数値にする
精神科を受診すると、まず行われるのが心理検査です。「最近様子がおかしい」という感覚を、客観的な数値として把握することが目的です。
- MMSE(ミニメンタルステート検査)・HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)——最も広く使われる大まかなスクリーニング検査
- MoCA-J——MMSEでは拾いきれない、比較的軽度の認知機能低下にも感度が高い検査
- 時計描画テスト、Digit Span(数唱)など——視空間認知や注意・記憶といった、部分的な機能を確認する検査
- NPI——認知症の患者に見られる問題行動である行動・心理症状(BPSD)を評価
これらの検査は、単に「点数が低いから認知症」と判定するためのものではありません。どの領域が、どの程度落ちているかというパターンを見ることで、後述するタイプの見立てにもつながっていきます。
治療で良くなる認知症もある——「治せる原因」を除外する
「認知症=治らない病気」というイメージを持たれる方は多いですが、必ずしもそうとは限りません。認知機能の低下の背景に、治療可能な原因が隠れていることがあります。
ある認知症外来の調査では、認知症と診断された193名のうち37名(19.17%)で可逆性(治せる)の原因が見つかったと報告されています。この調査での内訳は頭部外傷・アルコール関連が多くを占めましたが、一般的に精神科・神経内科で重視される代表的な原因には次のようなものがあります。
- 正常圧水頭症(歩行障害・尿失禁を伴うことが多い)
- 甲状腺機能低下症
- ビタミンB12欠乏
- 慢性硬膜下血腫(転倒後の受診で見つかることも)
- 薬剤性(睡眠薬・抗コリン薬などの影響)
- うつ病による仮性認知症
(Bello VME, Schultz RR. Dement Neuropsychol. 2011;5(1):44-47.)
すべての可逆性の原因が見つかったからといって完全に「治る」わけではありませんが、血液検査や画像検査で、まず治療できる原因がないかを除外することは、精神科・神経内科の診療において重要な最初のステップです。なお、急激に様子が変わった場合は、認知症そのものよりもせん妄の可能性も考える必要があります。
前頭側頭型認知症(FTD)——3つのタイプ
「性格が変わった」「言葉が出てこなくなった」という訴えで気づかれることが多いのが、前頭側頭型認知症(FTD/前頭側頭葉変性症)です。若年での発症が比較的多く、行動や言語の変化が中心となるため、精神疾患と間違われやすい病気でもあります。
FTDは大きく3つのタイプに分けられます。
| タイプ | 特徴 |
|---|---|
| 行動障害型(bvFTD) | 性格変化、脱抑制、共感性の低下、常同行動など、行動・性格面の変化が中心 |
| 意味性認知症(SD/svPPA) | 言葉の「意味」が分からなくなる。流暢に話せるが、物の名前や単語の理解が難しくなる |
| 進行性非流暢性失語(PNFA/nfvPPA) | 話すこと自体が努力を要するようになり、文法の誤りやたどたどしい発話が目立つ |
ある疫学調査では、FTD・進行性核上性麻痺(PSP)・大脳皮質基底核症候群(CBS)をあわせた有病率は10万人あたり10.8人、生涯でこれらの病気になるリスクは742人に1人と報告されています。診断される年齢のピークは、行動障害型が60〜64歳、PNFAやCBSは75〜79歳と、タイプによって異なることも分かっています(Coyle-Gilchrist ITS, et al. Neurology. 2016;86(19):1736-1743.)。
FTDの治療——SSRIとトラゾドンのエビデンス
FTDの行動症状に対しては、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やトラゾドンが用いられることがあります。
SSRIについては、3件のランダム化比較試験を統合したメタ解析で、プラセボと比べて神経精神症状評価尺度(NPI)スコアが平均10.17点改善したことが報告されています。特に脱抑制、易刺激性、攻撃性、常同的な運動行動で改善がみられました。(Nisar M, et al. Clin Neuropharmacol. 2021;44(5):175-183.)。
トラゾドンについては、プラセボ対照ランダム化比較試験で、NPIスコアの有意な改善が報告されています(p = 0.028)。26名中10名で50%以上の改善がみられ、特に食行動異常、興奮、易刺激性、抑うつ症状の改善が目立ちました。ただし、疲労感・めまい・低血圧・四肢の冷感といった副作用がプラセボ群より多く報告されています(Lebert F, et al. Dement Geriatr Cogn Disord. 2004;17(4):355-359.)。
なお、より新しいネットワークメタ解析では、トラゾドンの効果はNPIスコアの改善で2番目に良い評価を得た一方、副作用の発生率はプラセボ群と比べて有意に高い(オッズ比9.53)とも報告されており、効果と副作用のバランスを見ながら使う薬という位置づけです。(Huang M-H, et al. Am J Geriatr Psychiatry. 2023;31(12):1062-1073.)
レビー小体型認知症とパーキンソン病——「地続き」の関係
レビー小体型認知症(DLB)は、幻視や日によって症状の変動が大きいこと、パーキンソン症状(動作の緩慢さ、小刻み歩行、身体がガチガチに強張る)を伴うことが特徴の認知症です。
実は、DLBとパーキンソン病は、脳の中に「レビー小体」という同じ異常な蛋白質が蓄積する、地続きの病気の仲間だと考えられています。診断名の使い分けは、認知機能の低下がパーキンソン症状より先に、あるいはほぼ同時期(1年以内)に始まればDLB、パーキンソン病の診断が先にあってから後年認知機能が低下すればパーキンソン病認知症(PDD)、という時間的な基準によるものです。両者は病理学的にも、レビー小体の分布や重症度が似ていることが指摘されています。
DLBの治療では、ドネペジル(コリンエステラーゼ阻害薬)が使われることがあります。日本で行われた第III相試験では、ドネペジル10mg群でMMSEスコア(認知機能)がプラセボ群より有意に改善したと報告されています (Ikeda M, et al. Alzheimers Res Ther. 2015;7(1):4.)。
新しい選択肢——レキサルティ(ブレクスピプラゾール)
2024年9月、抗精神病薬のレキサルティ(ブレクスピプラゾール)が、日本で新たな適応を取得しました。「アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動又は攻撃的言動」という、認知症領域では国内初となる適応です。
レキサルティ、効く人にはめっちゃ効きますね。
国内で行われた第III相試験では、55〜90歳のアルツハイマー型認知症患者410名を対象に、1mgまたは2mgを1日1回、10週間投与したところ、いずれの用量群でもプラセボ群と比べて焦燥・興奮の評価尺度(CMAI合計スコア)で統計学的に有意な改善が確認されました。
メマンチンも気分を落ち着かせる選択肢になる
アルツハイマー型認知症の治療薬として知られるメマンチンですが、その効果は病型によって大きく異なります。
アルツハイマー型認知症の中等度〜重度に対しては、コクランレビューで、メマンチンおよびドネペジルが症状の改善に有効であることが報告されており、忍容性も良好とされています(McShane R, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2019.)。
ご家族にお伝えしたいこと
- 「環境調整をしているのに良くならない」という訴えは、とても重要な情報です。遠慮なく伝えてください
- いつから、どんな症状が、どんな順番で出てきたかを具体的に伝えてほしい
- 可能であれば、パーキンソン症状(動作緩慢・振戦)や幻視の有無も教えてほしい
- 薬は自己判断で中止・増減せず、必ず主治医と相談しながら進める
- 「言われた通りにやっているのに」という頑張りは、決して間違っていません
まとめ
- 精神科ではまずMMSE・HDS-R・MoCA-Jなどの心理検査で、低下の程度とパターンを客観的に把握する
- 認知症の中には、正常圧水頭症・甲状腺機能低下症・B12欠乏など治療可能な原因が隠れていることがある
- 前頭側頭型認知症(FTD)には行動障害型・意味性・非流暢性の3タイプがある
- FTDの興奮・易怒性にはSSRIやトラゾドンが有効なことがあるが、意欲低下には効きにくい
- レビー小体型認知症とパーキンソン病は地続きの病気で、ドネペジルが効くことがある
- 2024年、アルツハイマー型認知症の焦燥感に対してレキサルティが承認された(非薬物的介入が優先)
- メマンチンはアルツハイマー型には有効だが、FTDには効果が確認されておらず、悪化の報告もある
この記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。詳しくは免責事項をご覧ください。
